1. 白酒とは

  2. 白酒の作り方

  3. 白酒の種類

  4. 白酒の飲み方

  1. 一生に一度は飲みたい中国を代表する国酒「茅台酒」

  2. 1200年の歴史が結実!明の時代から作られている白酒「五粮液」

  3. 1400年の名酒!北斉4代目皇帝・武成帝も愛した山西省杏花村で作る「汾酒」

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  4. 子供からお年寄りまで地元に愛される上野御徒町「雅亭」で白酒を飲む

茅台酒(マオタイ)は、約400年の歴史があり、中国貴州省北西部にある仁懐市茅台鎮で生産されている中国を代表する国酒です。大切な方への祝いの品として、国賓級のおもてなしなど公的な外交の場においても多く用いられています。1972年に日中国交正常化式典の宴席で、時の田中角栄首相と周恩来総理が茅台酒で乾杯したことから、日本でも広く知られるようになりました。

香り高く、きめ細やかな上品さをあわせ持ち濃厚かつ深い味わい。風味が心地よく舌にとどまり、飲んだ後も香りが口に残る醤香型の白酒の代表的な酒です。

世界で評価された茅台

1915年に開催されたアメリカパナマ太平洋万国博覧会サンフランシスコ万博では金賞を受賞。また1952年~1989年の間に5回ほど国家規模で開催された白酒全国評酒大会(品評会)では、最高の栄誉となる国家名酒(金盾奨)を受賞。

小さな漁村から世界一の蒸留酒メーカーとなった奇跡の茅台酒

中国では古くから「名郷に美酒出ず」の言い伝えがあります。茅台鎮は今から300年前は茅(かや)が一面に生えているような貧しい小さな漁村でした。

乾隆10年(西暦1745年)に清朝政府は道路を改修し、四川との間に流れる赤水河を工事し、塩船が入港できる船着き場を建築。それ以来、四川の食塩は水路によって、茅台鎮に荷揚げされ、ここを起点に貴州の各地に送り出されるようになりました。

塩の一大集積地となった茅台鎮は19世紀になると多くの商人が集まる街にまで発展します。巨万の富を得た商人たちは、豪華な生活と連日にわたる酒宴を開き、酒の消費は増えていきました。商人たちはさらにおいしい酒を求め、山西省杏花村から汾酒(フェンジュウ)の技師たちを呼び寄せ、地元の酒造り職人と共同で新しい酒の作り方を研究。その結果、生まれたのが茅台酒と言われています。

茅台のラベルにある赤いリボンに秘められた仙女の物語

茅台のラベルの右上には、商標の天空に舞う二人の仙女が描かれています。その仙女にはこんなエピソードがあります。

わずか数十軒の民家しかなかったころの茅台鎮には、赤水川の岸辺に点在する茅葺きの貧しい人々が家と、一段と高い大地に瓦屋根の間口に広い蔵をもつ素封家の屋敷がありました。彼らの生業は酒造り。

ある年の暮れ、普段は温和な村に突然大雪が降りだしました。まだ夜も明けきらぬ朝、継ぎ接ぎだらけの服を着た娘が杖を片手に村にやってきました。娘は素封家の前に立ち、体を温めるために「1杯の酒をください」とお願いします。蔵人は娘の哀れな姿をみかねて、主人に見つからないように娘に酒を差し出しました。しかし、その様子見ていた主人は「早く出ていけ!」と怒鳴り、追い返したのです。

娘は川岸に走り、一軒の藁葺の家へ行き、助けを求めました。老人は「外は大雪だ、早く入りなさい」と娘を助けます。老人は部屋を暖め、酒を飲ませ、ごはんの支度をし「私たちは貧乏人だが少しの遠慮もいらない、私の娘が使っていた部屋で寝なさい」と娘を招き入れてくれました。

老人はその夜、不思議な夢を見ました。夢の中には一人の美しい仙女が現れたです。頭には五鳳の輝く冠を載せ、身には金糸で花蝶の縫い取りをした打ち掛けと翡翠(ひすい)で飾った裳裾(もすそ)をつけ、首には金の首飾りをつけています。

仙女は肩にまわした二条の赤い織布をヒラヒラとなびかせながら、赤色に輝く夕日の中に立っていました。そして、手にした夜光杯から茅台鎮に向かって美酒をまいたのです。

 

たちまち、一条の新しい渓流が山の中に現れ、村に向かって流れ込んできました。仙女の持っていた夜光杯は1本の棒に変わり、仙女が棒で素封家と村人たちの間に流れていた川の中をひと掻きすると、たちまち川は村人の家の前から消え失せました。

その夜「家に向かって流れてくる渓流の水で酒を造りない」と、老人の耳元で聞き覚えのある娘の声が聞こえました。老人は夢から目を覚まし、あたりを見回すと、すでに娘の姿はありませんでした。

老人は朝霧の中、山の中腹から村へ向かって、小さな一条の水の流れが赤水河に向かっているのを発見します。早速、その水で酒を仕込むと、なぜかすぐに極上の酒ができあがる。やがて、貧乏な他の村人たちも渓流の水で酒を仕込むことに。一方、素封家の造る酒は今までより品質は劣り、酸敗し、いつの間にか廃業してしまいました。

以来、茅台鎮の村人たちのつくる酒は、味はまろやかにして香り高く、名酒の評判を得て、年ごとの生産量は増えていきました。それ以来、この村で造る酒の甕の首には、赤い二本のリボンをくくりつけて、感謝の気持ちを表す印とされました。

茅台酒の特殊な作り方

まず醸造用水は深く掘った井戸の水を使用します。大曲の原料は小麦で、仕込み原料は高粱です。原料となる小麦と高粱は茅台およびその付近でとれたものを使います。

茅台の製造方法は「回沙(ホイシャー)発酵」という特殊な方法を使って作られています。(原料の高粱のことを「沙(シャー)」という)

  1. 原料を蒸して、窖に入れて、一ヶ月間の発酵を終了した酒醅(穴蔵から掘り出された原料等)を取り出し、それに再び生の沙を混ぜ、甑(こしき)に入れて蒸留。これが第一次蒸留でできた酒を「生沙酒」と言います。
  2. この生沙酒は製品とせず、蒸した原料に振りまき、生沙酒を大曲に加えて、再び窖に入れて発酵させる。これを「以酒養窖」と言います。そして、再び、一ヶ月後取り出して蒸留します。
  3. この第二次蒸留でできた酒は製品として採用しますが、酒頭(蒸留されてくる最初の酒の初留)と酒尾(蒸留されてくる最後の後留)は取っておきます。
  4. 二時蒸留でできた蒸留粕に再び曲を加え、3.でとっておいた酒頭、酒尾を加えて、再び窖に入れて発酵。このような操作を「回沙(ホイシャー)」といいます。
  5. 一ヶ月後、また掘り出してきて再び蒸留し、酒を取る。このようにして、回沙を7回繰り返すのが、一回の生産周期となります。

この7回繰り返す生産周期は長いもので1年かかります。

茅台酒の作り方まとめ

第二次発酵の酒は「回沙茅酒」、第三次発酵は「大回茅酒」。特に香の高い第四次発酵は「原糟茅酒」といい、品質が最もおいしい酒と言われています。第五次発酵は「前回糟茅酒」といい香りがすこぶる高い酒です。さらに第六次発酵は「後回糟茅酒」といい、品質は劣り、粕の苦味がある。第七次発酵は「追糟酒」と、粕の苦味がさらに強い。

毎回、得られた酒は別々に蓄え、各酒と古い酒を相互に配合する。この配合を「勾酒」といい、茅台酒の品質を左右する大事なノウハウとなります。