1. 白酒とは

  2. 白酒の作り方

  3. 白酒の種類

  4. 白酒の飲み方

  1. 一生に一度は飲みたい中国を代表する国酒「茅台酒」

  2. 1200年の歴史が結実!明の時代から作られている白酒「五粮液」

  3. 1400年の名酒!北斉4代目皇帝・武成帝も愛した山西省杏花村で作る「汾酒」

  1. 白酒と共に故郷西安の味を千葉・柏にある福来麺菜館で味わう

  2. 新宿の路地裏の名店!上海料理の老舗「上海小吃」で白酒を飲もう!

  3. 西川口「藤記鉄鍋炖」へ行き、寒い日は巨大な鉄鍋を囲み白酒を飲んで楽しもう!

  4. 子供からお年寄りまで地元に愛される上野御徒町「雅亭」で白酒を飲む

五粮液(ウーリャンイエ)は「高粱(コーリャン)」、「糯米(もち米)」、「大米(うるち米)」、「トウモロコシ」、「小麦」の五種類の穀物を原料として作られています。原料は四川省南部でとれたものを使用。長江の源流となる金沙江、岷江が合流する四川省南部の宜賓市で大規模に生産されています。

白酒の中で最も香りがいい高級酒

口に含むと芳醇な香りが溢れ、宴席で飲めば会場中に濃厚な香りが充満します。アルコール度数は52〜60度。唇や下に触れても強烈で刺激性がなく、柔和で甘美かつ上品な味が感じられます。喉を通すと爽やかな感じがあり、さまざまな味がバランス良く調和。まさに濃香の中の濃香であり、四川を代表する名酒です。

五粮液を味わった愛飲家は

こんな美酒を飲むことなく世を去った唐の詩人「李太白」がもし黄泉の世界で知ったならば、あまりにも早く生まれたことを悔やむだろう。(優選の味、更に醇なり。豪飲の李太白、雅酌の陶淵明、深く生まれるること太だ早きを恨む。只、能く老春を享するのみ)

と詠み、五粮液を讃えています。

日本酒好きも納得する香り

五粮液は、日本人が清酒に求める吟醸香(ぎんじょうか)と似た香りが含まれています。吟醸香とは果物のメロンやバナナ、リンゴのような甘くて、さわやかな香りのこと。代表的なものは、カプロン酸エチル(リンゴの様な香り)、酢酸イソアミル(バナナの様な香り)等。

名称/成分 酢酸イソアミル カプロン酸エチル アミルアルコール
五粮液 124
※茅台の10倍、汾酒の260倍
2008
※茅台の約3倍、汾酒の17倍
152
酒焼酎 197 74 863

<宝酒造(株)酒類研究分析>

カプロン酸エチルは吟醸酒の芳香成分の一つであり、濃香型白酒の一番の特徴です。茅台や汾酒と比べみると、五粮液はカプロン酸エチルがずば抜けているのが分かります。

今も現役、明時代初頭650年の酒坊「長発昇」

明の時代、最も有名だった酒坊(酒を作っている場所)である「温徳豊」「徳盛福」は残っていません。しかし、650年から今日まで当時の面影を残している酒坊も存在します。それが、天府十大文化地標に選出された宜賓市鼓楼街にある「長発昇」です。ここでは650年からの微生物が今も発酵を促しています。

ちなみに当時の酒坊は「小麦」「もち米」「うるち米」「蕎麦」「コーリャン」「トウモロコシ」等の数種類の穀物を原料としていたので、雑粮酒と言われていました。

門外不出の秘伝、五粮液の誕生秘話

「温徳豊」は老板(店主)と一般に呼ばれる杜氏を兼ねた陳三が、明代の初めに創建した酒坊です。これまでの雑粮酒は米を使用しないのが一般的でした。なぜなら、もろみを窖に仕込むとき、足でもろみを踏みつける必要があるのですが「米を踏めば雷に打たれる」という迷信があったからです。

しかし、陳三は迷信にとらわれることなく、地元のコーリャン、もち米、うるち米、蕎麦、トウモロコシを配合した原料で白酒をつくりました。すると、たちまち「温徳豊」は人気となりました。

陳三が苦心の末に考案した処方は門外不出の秘伝とし、師匠である老板が臨終のときに初めて口伝えする家訓となります。それ以来、家訓は守られ、陳氏秘方として代替わりの度に伝えられ続けてきました。六代目のころになると最盛期を迎えました。しかし、六代目には秘方を伝授する男子がいませんでした。そして、家訓に反して、陳家六代にわたる秘方を弟子の趙銘盛に口授したのでした。

秘方を受け継いだ趙銘盛は酒坊を「利川永」と改名。それまで三基あった窖を六基に増やすほど繁盛させました。次に秘方を受け継いだのは趙銘盛の見習いの鄭子均。鄭子均は製法をそのまま受け継ぐのではなく、工夫を重ねます。蕎麦の代わりに小麦を用い、配合割合も陳氏秘方をさらに改良します。

清代末期、挙人(科挙試験の地方試験に合格した者)の楊恵泉が

このような佳醸の銘酒に、雑粮酒などという俗っぽい名称をにつかわしくない。五穀(粮)の精華を集め、玉液としたものであるから、五粮液と変えてはどうか?

と言いだしたところ、多くの人が賛同。今の五粮液となったわけです。

統合を繰り返し、拡大する五粮液

宜賓での酒造りは唐代の名酒「重碧酒」から始まり、宋代の「姚子雪曲」と受け継がれ、明代初に「雑粮酒」となり、1909年「五粮液」となりました。杜甫の時代から、時空を超えた1200年の歴史が結実した酒なのです。

五粮液は茅台、汾酒ともに1915年にハバナ万国博覧会金賞を受領。1952年、宜賓にある「長発昇」、「利川永」など8つの酒坊を統合し「中国専売公司四川省宜賓酒厂」を設立。1959年、正式名「宜賓五粮液酒厂」となります。1998年「四川省宜賓五粮液集团有限公司」となり同年4月27日 深圳株式市場に上場。

四川省南部の宜賓の経済を支え、四川省を代表する大企業と変貌を遂げていったのです。